熱膨張のメカニズム

 加熱すると膨らむ熱膨張現象は、日常の至る所でみることができます。例えば東京ー新大阪間を結ぶ新幹線のレールが、夏の猛暑によって最大で250mも伸びることは有名な話です。

 “危険な暑さ”は鉄道にも大敵…レールが伸びる!?

 またこの熱膨張は、わずかな伸び縮みさえも許されない精密デバイス製造などの分野で深刻な問題となっています。ナノスケールの最先端技術を活用するには、わずかな熱膨張さえも問題になるというわけです。そのような分野で活躍しているのが負熱膨張物質です。これは加熱すると縮む材料で、これを材料に適量添加することで熱膨張を抑制することができます。

 “熱膨張の制御を可能にする負熱膨張材:ZrW2O8

 ここではこの熱膨張が、原子のレベルでどの様なメカニズムで起こっているのかを見ていきましょう。

二体原子間ポテンシャル

イオン結晶の構造:NaCl型

 NaClの結晶構造を取り上げて、Cl-イオンに無限大の距離からNa+イオンを近づけてくる場合を考える。

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図 6 原子間ポテンシャルの距離による変化(イオン結晶の場合)。最も低い位置が原子間距離になる。

 正負イオンが 距離 \(r\) にあるときのクーロン引力の大きさは \(e^2/r^2\) である(eはイオンの電荷)。無限遠から距離 \(r\) まで近づけたときの位置エネルギーの変化は

(1)\[V=∫_{-\infty}^r \frac{e^2}{r^2} dr = -\frac{e^2}{r}\]

  \(V\) は負であり、近づけることによりエネルギーが下がることを示している。一方距離 \(r\) が小さくなると、閉殻を構成する電子同士が接触するようになり、反発力が生じる。この様子を 図 6 に示す。

 この反発力は距離とともに急速に増大する。両者が釣り合うところが安定位置であり、原子間距離 \(r_0\) を与える。正イオンの半径を \(r_+\) , 負イオンの半径を \(r_–\) とすれば

\[r_0= r_+ + r_-\]

である。また \(r = r_0\)\(r= \infty\) との位置エネルギーの差が結合エネルギー \(V_0\) である。


 以上はイオン結合が働く2つの原子間の力を考えたものであるが。金属結合や共有結合の場合にも同様のポテンシャルの形が存在する。実際の固体中では多数の原子との相互作用を考える必要があるが、それらを2つの原子間の相互作用として近似的に表すことができる。そのようにして原子間相互作用を2つの原子間の距離の関数として表したものを 二体原子間相互作用エネルギー (pairwise interaction)または 二体原子間ボテンシャル という。

弾性定数

 二体原子間ポテンシャルが与えられれば、固体の硬さを表す 弾性定数 が求められる。

 原子間距離を平衡位置 \(r = r_0\) からわずかに変位させて \(r\) にもってくるとすると、そのときの復元力は \(F=-\partial V /\partial r\) である。いま、外力 \(F'\) が与えられたとすると、 \(F' + F = 0\) となるように原子が変位して釣り合おうとする。ポテンシャル \(V\)\(r = r_0\) のまわりでテイラー展開すると

(2)\[V(r)=V_0 + \frac{1}{2} \left(\frac{\partial^2 V}{\partial r^2}\right) (r-r_0)^2 + ⋯\]

 ここで \(r = r_0\) では \(\partial V/\partial r=0\) であることを用いた。高次の項を省略し,式 (2)\(r\) で微分して、

(3)\[F'= -F = \left(\frac{\partial^2 V}{\partial r^2}\right)_{r=r_0} (r-r_0)\]

 この式から、変位 \(r – r_0\) は外力 \(F'\) に比例し、その比例係数は \((\partial^2 V/\partial r^2)_{r=r_0}\) であることがわかる。

 外力によって固体中の原子間隔が一様に伸縮すると考えれば、比例定数 \((\partial^2 V/\partial r^2)_{r=r_0}\) 、すなわち 図 6 の曲線のくぼみの曲率が 弾性定数 を与えることがわかる。

熱膨張

 次に熱膨張について考える。温度が上昇すると、原子は熱エネルギーによって平衡位置を中心に熱振動する。このとき原子の獲得する平均のエネルギーは、1つの振動方向につき \(k_B T\) であり、 図 7 に示すように、ポテンシャルの底から高さ \(k_B T\) の範囲で原子位置は変化する。ここで \(k_B\) はボルツマン定数, \(T\) は絶対温度である。

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図 7 熱振動(格子振動)による平均原子間距雄の増大が熱膨張を引き起こす.

 ここでももし、原子間ポテンシャルが式 (2) で示した2次曲線であれば,変位は \(r_0\) に対して対称的なので熱膨張は起こらない。しかしながら寄与が小さいとして無視した高次の項があるために、 \(r\) の大きい側では勾配がなだらかになっており、温度とともに平均の原子位置が外側へずれる。ポテンシャルの形が広く浅いと温度による非対称変位が大きく現れ、熱膨張率(係数)が大きくなる。

 熱膨張率 \(\alpha\) は、温度1 ℃の上昇に対する長さの変化率 \(\Delta l / l\) で表され、金属では10-5程度,ダイヤモンドでは1桁小さく1.2×10-6である。プラスチックは10-4程度と大きい。

原子間ポテンシャルのデータベース

 原子間ポテンシャルがわかると,物質のさまざまな性質がわかることをこれまで見てきました.このような原子間ポテンシャルはどのようにすれば得られるのでしょうか.

 原子間ポテンシャルは,原子間の距離を変化させた場合の物質のエネルギー変化である.物質のエネルギーの主要部分である電子のエネルギーは、 シュレーディンガー方程式 を解くことで得られます.

 さまざまな物質についてシュレディンガー方程式を解くことは大変ですが,現在では「 第一原理計算 」と呼ばれる電子状態計算法が開発されており,それを用いた材料開発が盛んに行われています.

 ここではその詳細には触れませんが,この結果を利用して物質の性質について考えてみましょう.「 The Materials Project 」という物質のデータベースがあります.ここには結晶構造,バンド構造,熱力学量,相図,磁気モーメントなどが提供されています.利用には登録が必要ですが無料です.

 物質材料の第一原理計算結果のデータベース「The Materials Project」