TDBファイルでギブスエネルギーを定義する¶
ギブスエネルギーの定義¶
TDBファイルにはギブスエネルギーが集録されている。たとえば下記の式(正則溶体モデルによるギブスエネルギー)が記述されている。
このギブスエネルギーを記述するために必要な要素を抽出すると
BCC |
相名 |
\(x_{\mathrm{A}}, x_{\mathrm{B}}\) |
構成元素 |
\({}^{\mathrm{o}}G_{\mathrm{m}}^{\mathrm{BCC-A}}, {}^{\mathrm{o}}G_{\mathrm{m}}^{\mathrm{BCC-B}}\) |
純物質のギブスエネルギー |
\(L^{(0)}_{\mathrm{A,B}}\) |
相互作用パラメータ |
TDBの構造¶
1 $ ------------------------------------------------------------------
2 $
3 $ A-B二元系状態図
4 $ TDBファイルの記述例
5 $-------------------------------------------------------------------
6 ELEMENT A BCC 10 0 0 !
7 ELEMENT B BCC 20 0 0 !
8 $
9 FUNCTION RR 300 +8.3145; 6000 N !
10 FUNCTION GBCCA 300 -1000*RR+RR*T; 6000 N !
11 FUNCTION GBCCB 300 -2000*RR+RR*T; 6000 N !
12
13 TYPE_DEFINITION % SEQ * !
14
15 PHASE LIQUID:L % 1 1 !
16 CONSTITUENT LIQUID : A,B : !
17 PARAMETER G(LIQUID,A;0) 300 +0; 6000 N !
18 PARAMETER G(LIQUID,B;0) 300 +0; 6000 N !
19 PARAMETER G(LIQUID,A,B;0) 300 -10000; 6000 N !
20
21 PHASE BCC % 1 1 !
22 CONSTITUENT BCC : A,B : !
23 PARAMETER G(BCC,A;0) 300 -1000*RR+RR*T; 6000 N !
24 PARAMETER G(BCC,B;0) 300 -2000*RR+RR*T; 6000 N !
25 PARAMETER G(BCC,A,B;0) 300 -5000; 6000 N !
1〜5行目 |
ヘッダー |
6、7行目 |
元素の定義 |
9〜11行目 |
関数の定義 |
13行目 |
Type-definition |
15、16行目 |
液相の定義 |
17〜19行目 |
パラメータの定義 |
仮想A-B二元系のTDB¶
仮想A-B二元系を例に、TDBファイルの基本的な記述ルールについて、実際に入力しながら説明します。テキストエディタを立ち上げて、赤字の部分をタイプしてください。
注釈
タブは使わないでください(スペースのみ)。
ヘッダー¶
$--------1---------2---------3---------4---------5---------6---------7---------8
$
$ 「TDBファイルの作り方」説明用テストファイル 2011.12.7
$
$ 物質・材料研究機構 理論計算科学ユニット 阿部太一
$
$ Particle Simulation and Thermodynamics Group, National Institute for
$ Materials Science. 1-2-1 Sengen, Tsukuba, Ibaraki 305-0047, Japan
$ e-mail: abe.taichi @ nims.go.jp Copyright(C)Taichi ABE 2010
$-------------------------------------------------------------------------------
“$”で始まる行はコメント行。 Thermo-Calcは一行に80文字までしか書けない。PANDATはそれ以上でもOK。
元素の定義¶
定義には ELEMENT
コマンドを使う。
ELEMENT A BCC 10 0 0 ! $ PANDATは途中からもコメントを入れられる
ELEMENT B BCC 20 0 0 !
ELEMENT VA VAC 0 0 0 !
各値の意味は左から
元素記号(二文字まで、仮想元素有)
安定結晶構造
原子量
標準状態でのエンタルピー
エントロピー
安定結晶構造は、標準状態における最安定結晶構造
“!”はこのコマンドの終わりを意味している。全てのコマンドの最後には必ずつけること。
関数の定義¶
定義には FUNCTION
コマンドをを使う。
FUNCTION RR 300 +8.3145; 6000 N !
各値の意味は左から、
関数名
関数が有効な温度下限
実際の関数(;は関数の終了を表す。)
関数が有効な温度上限
さらに高温側に関数を定義するかどうか(Y/N)
!はこのコマンドの終了
FUNCTION RRR 300 +8.3145; 2000 Y
+500*T*LN(T); 5000 Y
+150E-10-50*T**(-2); 6000 N !
この例では300 Kから6000 Kの間に3つの関数が定義されている。
このように関数の定義は低温側から高温側の順で行う。
Type-definition¶
下の三行がないとThermo-Calcは動かない。Thermo-calc以外では不要。
TYPE_DEFINITION % SEQ * !
% で、 SEQ *
を呼び出すように設定している。
注釈
TCでデータを出力すると自動的に下記の二行が加えられる。詳細はテキスト参照。
DEFINE_SYSTEM_DEFAULT ELEMENT 2 !
DEFAULT_COMMAND DEF_SYS_ELEMENT VA /- !
MatcalcではVaの定義が必須。
Type-definitionは、磁気過剰ギブスエネルギーの定義やCEFの定義などに必要なので、相の定義の後でまた取り上げます。
相の定義¶
定義には PHASE
コマンドを使う。
PHASE BCC % 1 1 !
各値の意味は左から、
定義する相名
Type-definitionの呼び出し(TYPE_DEFINITION % SEQ * !)
副格子の数
第一副格子上の格子点の数
定義の終了
成分の定義¶
定義には CONSTITUENT
コマンドを使う。
CONSTITUENT BCC : A,B : !
各値の意味は左から、
対象とする相
副格子の区切り
第一副格子上の構成成分
副格子の区切り
定義の終了
パラメーターの定義¶
定義には PARAMETER
コマンドを使う。
BCC相のギブスエネルギーを下記の式で記述した場合、
成分純Aのギブスエネルギー \({}^{\mathrm{o}}G_{\mathrm{m}}^{\mathrm{BCC-A}}\) は、
PARAMETER G(BCC,A;0) 300 +GBCCA; 6000 N !
各値の意味は左から、
BCC構造の成分Aのギブスエネルギー(G)
R-K級数のn=0項
温度範囲下限
関数
温度範囲上限
純物質の関数は複雑なので、多くの場合 関数は別途定義しておく。
同様に成分純Bのギブスエネルギー \({}^{\mathrm{o}}G_{\mathrm{m}}^{\mathrm{BCC-B}}\) は、
PARAMETER G(BCC,B;0) 300 +GBCCB; 6000 N !
相互作用パラメータ \(L^{(0)}_{\mathrm{A,B}}\) のR-K級数n=0項
PARAMETER G(BCC,A,B;0) 300 -5000; 6000 N !
純物質A、Bのギブスエネルギー関数を定義する。
FUNCTION GBCCA 300 -1000*RR+RR*T; 6000 N !
FUNCTION GBCCB 300 -2000*RR+RR*T; 6000 N !
LIQUIDの定義¶
BCC相と同様に液相のギブスエネルギー式を入力(副格子がない場合)する。
純物質のギブスエネルギーと過剰ギブスエネルギーを下記のように記述する。相互作用パラメータについては、R-K級数n=0,1,2項 \(L^{(0)}_{\mathrm{A,B}}\) 、 \(L^{(1)}_{\mathrm{A,B}}\) 、 \(L^{(2)}_{\mathrm{A,B}}\) の3つを使用している。
PHASE LIQUID % 1 1 !
CONSTITUENT LIQUID : A,B : !
PARA G(LIQUID,A;0) 300 +GLIQA; 6000 N !
PARA G(LIQUID,B;0) 300 +GLIQB; 6000 N !
PARA G(LIQUID,A,B;0) 300 +L0; 6000 N !
PARA G(LIQUID,A,B;1) 300 +L1; 6000 N !
PARA G(LIQUID,A,B;2) 300 +L2; 6000 N !
注釈
アルファベット順に注意TCではOKだが、Pandatでは逆に解釈される
TDBファイルの完成形¶
$ ------------------------------------------------------------------
$
$ A-B二元系状態図 阿部太一 2015.7.1
$ TDBファイルの記述例
$-------------------------------------------------------------------
ELEMENT A BCC 10 0 0 !
ELEMENT B BCC 20 0 0 !
ELEMENT VA VAC 0 0 0 !
FUNCTION RR 300 +8.3145; 6000 N !
FUNCTION GBCCA 300 -1000*RR+RR*T; 6000 N !
FUNCTION GBCCB 300 -2000*RR+RR*T; 6000 N !
TYPE_DEFINITION % SEQ * !
PHASE LIQUID % 1 1 !
CONSTITUENT LIQUID : A,B : !
PARAMETER G(LIQUID,A;0) 300 +0; 6000 N !
PARAMETER G(LIQUID,B;0) 300 +0; 6000 N !
PARAMETER G(LIQUID,A,B;0) 300 -10000; 6000 N !
PHASE BCC % 1 1 !
CONSTITUENT BCC : A,B : !
PARAMETER G(BCC,A;0) 300 +GBCCA; 6000 N !
PARAMETER G(BCC,B;0) 300 +GBCCB; 6000 N !
PARAMETER G(BCC,A,B;0) 300 -5000; 6000 N !
状態図を計算させてみましょう¶
ファイルの拡張子はtdbにしてください。

仮想A-B-C三元系のTDB¶
ELEMENT A BCC 10 0 0 !
ELEMENT B BCC 20 0 0 !
ELEMENT VA VAC 0 0 0 !
ELEMENT C BCC 20 0 0 !
FUNCTION RR 300 +8.3145; 6000 N !
FUNCTION GBCCA 300 -1000*RR+RR*T; 6000 N !
FUNCTION GBCCB 300 -2000*RR+RR*T; 6000 N !
FUNCTION GBCCC 300 -500*RR+RR*T; 6000 N !
TYPE_DEFINITION % SEQ * !
PHASE LIQUID % 1 1 !
CONSTITUENT LIQUID : A,B,C : !
PARAMETER G(LIQUID,A;0) 300 +0; 6000 N !
PARAMETER G(LIQUID,B;0) 300 +0; 6000 N !
PARAMETER G(LIQUID,C;0) 300 +0; 6000 N !
PARAMETER G(LIQUID,A,B;0) 300 -10000; 6000 N !
PARAMETER G(LIQUID,A,B,C;0) 300 -10000; 6000 N !
PARAMETER G(LIQUID,A,B,C;1) 300 -10000; 6000 N !
PARAMETER G(LIQUID,A,B,C;2) 300 -10000; 6000 N !
三元系の相互作用パラメータ¶
BCCの定義¶
PHASE BCC % 1 1 !
CONSTITUENT BCC : A,B,C : !
PARAMETER G(BCC,A;0) 300 +GBCCA; 6000 N !
PARAMETER G(BCC,B;0) 300 +GBCCB; 6000 N !
PARAMETER G(BCC,C;0) 300 +GBCCC; 6000 N !
PARAMETER G(BCC,A,B;0) 300 -5000; 6000 N !
1000Kにおける等温断面¶

タイラインを表示するには、図をクリック⇒Property⇒Tieline property
記述ルールまとめ¶
- コメント文
“$”はその行がコメント文であることを意味している。PANDATでは式の途中からコメントを加えることができる。日本語でもよい(文字化けするがエラーにはならない)。
- 最大文字数
Thermo-Calcでは、一行に書くことができる最大の文字数が80文字と決まっている。ほかのソフトウェアでは、一行の文字数制限はない.ただし改行した時には一文字目を空白にすること。
- 定義式の終了
すべての定義式の最後には“!”を付ける。付いていないと次の行まで定義式が続いていると解釈される。
- 空白行
空白行はそのままスキップされる。
- 記述の短縮
たとえば元素を定義する6行目のELEMENTは、ELEMやELEと短縮できる。ほかの定義も、その定義がほかの定義と区別できる長さまで短縮できる。ELEMENTの場合、たとえばほかにEで始まる定義がなければ、Eと表記すればよいが、ENTERラインによる定義があるためELEMENTに対してはそれらと区別できるELが最短の形式となる。
- パラメーターの単位
TDBファイルではSI単位を用いる。ギブスエネルギーG [J/mol]、圧力 P [Pa]、温度T [K]である。[mol]は原子1モル、または分子・化合物1モルが用いられている。
- 元素の並び順
Redlich-Kister(R-K)級数項の記述において、副格子中の成分は常にアルファベット順で記述すること。G(SOLID,B,A;0)ではなく、G(SOLID,A,B;0)と記述すること。Thermo-Calcではどちらの記述も同じ意味になるが、PANDATとCaTCalcでは、アルファベット順を逆にすると、R-K級数の奇数項は符号が逆転する。
- 大文字と小文字
Thermo-Calcでは、関数名や相名は小文字で記述するとエラーとなる。そのほかの記述でも小文字が混ざっていることでエラーが現れることがある。また、ソフトウェアやバージョンにも依存するため、TDBファイルはすべて大文字で記述すること。
- 演算記号
割り算記号”/”は用いることができない。たとえばA/Tではなく、A*T**(-1)
注釈
すべて大文字、アルファベット順で書く
副格子の定義¶
BCC相に空の侵入型副格子を追加する。

副格子を分ける¶
元々のBCC相のギブスエネルギーの定義は以下のように記述されていた。
19 PHASE BCC % 1 1 !
20 CONSTITUENT BCC : A,B : !
21 PARAMETER G(BCC,A;0) 300 -1000*RR+RR*T; 6000 N !
22 PARAMETER G(BCC,B;0) 300 -2000*RR+RR*T; 6000 N !
23 PARAMETER G(BCC,A,B;0) 300 -5000; 6000 N !
これを以下のように修正する。
PHASE BCC % 2 1 3 !
CONSTITUENT BCC : A,B : VA :!
PARAMETER G(BCC,A:VA;0) 300 -1000*RR+RR*T; 6000 N !
PARAMETER G(BCC,B:VA;0) 300 -2000*RR+RR*T; 6000 N !
PARAMETER G(BCC,A,B:VA;0) 300 -5000; 6000 N !
PHASE
の副格子の数を1から2へ変更する。侵入型副格子はBCCの八面体サイトなので、第一副格子は1モルに対し、第二副格子は3モルとなる。CONSTITUENT
に第二副格子の構成成分としてVA(空孔のみ)を加える。PARAMETER
にもVAを加える。
A-B二元系に化合物を加える¶
相名はA2B3とする。2副格子に分け、副格子#1は元素A、副格子#2は元素Bが占める。
PHASE A2B3 % 2 2 3 !
CONSTITUENT A2B3 : A : B : !
PARAMETER G(A2B3,A:B;0) 300 +2*GBCCA+3*GBCCB-50000; 6000 N !
これは化合物を1モルとした記述で、原子のモル数は 2 + 3 = 5モルになる。
一方、下記は原子数を1モルとした記述であり、生成ギブスエネルギーは1/5になる。
PHASE A2B3 % 2 0.4 0.6 !
CONSTITUENT A2B3 : A : B : !
PARAMETER G(A2B3,A:B;0) 300 +0.4*GBCCA+0.6*GBCCB-10000; 6000 N !
化合物を加えたAB二元系状態図¶

このような手順で、C-Feなどの実際の合金系のTDBを作成してみましょう。
TDBファイル作成時のチェックポイント¶
論文からTDBファイルを作成する際のチェックポイントを以下にまとめておく。
使われている熱力学モデルやパラメーターの出典をチェックする。
ケアレスミスを防ぐ。複数名でTDBファイルを相互チェックする。
複数のソフトウェアで動作チェックする。
TDBファイルを修正する場合に備えて、わかりやすい書式で十分な情報をファイル中に記述する。
論文を再現できないとき、論文のパラメーターに誤植があったときは、全ての変更点について記録しておく。
状態図が再現できないとき¶
NIMS 熱カ学データベースには現在約250の二元系が集録されている。これらのTDBファイルを作成するにあたり、修正が必要であった場合にはTDB ファイル中に記載してある。
ほとんどの場合に何らかの修正が必要であり、誤植を修正するためには多くの試行錯誤が必要となる。ここではそのような場合にチェックすべきポイントについて取り上げる。
ラティススタビリティ¶
ほとんどの論文でラティススタビリティは、1991DIN(A. T. Dinsdale. CALPHAD. 15 (1991), 317-425)が参考文献に挙げられている。この論文のデータは、SGTE Unary データベースとして無償で公開されており、1991年以降何度も改訂が続けられている(現在の最新バージョンは5.0)。ラティススタビリティーの修正・追加履歴はデータベースのヘッダー部に記載されている。最近の熱力学解析の論文では新しいSGTE Unaryデータベースを用いているはずであるが、参考文献には1991DINと書かれているのみで バージョン が記載されていないことが多い。したがって 1991DINの関数を使って状態図がうまくかけないときは、新しいSGTE Unary データベース (Ver. 4.4 や Ver. 5.0)を試してみるとよい。
1991DINが参考文献として引用されているのに、1991DINにはラティススタビリティの値が報告されていないものがある。たとえば一部の ランタノイド元素 がそうである。DHCP や \(\alpha\) -Sm-type のラティススタビリティが1991DINにない場合は、HCPの値を使うとうまくいくことがある。
SGTE Unaryデータベースでは、ZnとCdなどの HCPの軸比(c/a)が理想比から大きく異なる元素 に対して、HCP_ZNなどを定義し通常のHCP_A3と区別している。ZnやCdを含む系の場合には両者が混在しているため、どちらのギブスエネルギーが使われているのか確認する必要がある。
1991DIN以前 に発表された熱力学解析では、1991DINとは異なるラティススタビリティが使われていることが多いため、その出典を確認すること。
融点や同素変態温度を確認すると、SGTE Unaryデータベースのバージョンを特定できることがある。
ガス相のキブスエネルギー¶
ガス相のギブスエネルギーは、分子1モル に対して与えられている場合と、原子1モル に対して与えられている場合がある。たとえばN 2 か1/2 N 2 かのどちらであるか確認すること。または単原子ガス成分(N)のギブスエネルギーとガス分子成分 (1/2 N 2) のギブスエネルギーは異なるので混同しないこと。
R-K級数¶
同じ副格子中の成分の記述が アルファベット順 になっているか確認すること。論文によっては、アルファベットでないまま熱力学アセスメントがされているものがあるのでこの点も確認する。
1990年代以前 の論文では、過剰ギブスエネルキー項にR-K級数ではなく、別の級数が用いられていることがあるので級数形を離認する。同様に三元系への拡張がMuggianu 型でない場合もある。
磁気過剰ギブスエネルギー¶
論文中に磁気過剰ギブスエネルギーについて触れられていない場合がある。 系に含まれる元素が磁性を持っている場合 (SGTE Unaryデータベースに記載されている場合)、磁気過剰ギブスエネルギー項を追加すると状態図が再現できることがある。
副格子の構成¶
化合物の比が、 整数比か分率か が明記されていない場合がある。パラメーターがどちらで与えられているかわからない場合には両方を試してみる。また論文中に生成エンタルビーの図面があれば、そのデータと一致するか確認するとよい。また副格子の記述が、本文中に書かれている説明と表の記述とで異なる場合もあるので注意すること。表に書かれているとおりに入力しても再現できない場合には、本文中のモデルの説明も確認すること。
副格子の定義が本文、表、式で整合しておらず状態図が再現できない場合、状態図上の単相域の広がり方で副格子機成を類推できることがある(たとえばAu-Ga二元系など)。
BCCやFCC固溶体では、 侵入型サイトを含めている場合といない場合 がある。両者が混在するとエラーとなる場合がある。たとえばBCCの八面体位置であれば、
PHASE BCC_A2 % 2 1 3 1
CONSTITUENT BCC_A2 :CR,FE:VA:
と定義する。一方でNやCなどの侵入型元素が含まれていない場合には下記のように 第二副格子が定義されていない ことがある。
PHASE BCC_A2 %1 1
CONSTITUENT BCC_A2 :CR,FE:
この場合パラメーターの記述も異なり、前者では
PAR G(BCC_A2, FE:VA:0) 29815 +GHSERFE: 6000 N!
後者では、
PAR G(BCC_A2, FE:0) 298.15 +GHSERFE: 6000 N!
と記述する。たとえば以下のようにこれらが混在するとエラーとなる。
PAR G(BCC_A2, FE:0) 298.15 +GHSERFE: 6000 N!
PAR G(BCC_A2. CR:0) 298.15 +GHSERCR: 6000 N!
PAR G(BCC_A2.CR,FE:VA:0) 298.15 +L0: 6000 N!
ラティススタビリティをSGTE Unary Ver. 5.0からコビーすると前者の記述になっている。 論文からTDBファイルを作成した場合には侵入型サイトのVAを追加(または削除)しておくことが必要であるが、これを忘れるケースが多い。
高温域・低温域の相平衡¶
論文に掲載されている状態図は温度範囲が狭い場合もあるが、TDBファイルを作成して状態図を計算する場合には 1 K < T < 600 K の範囲くらいは計算してみる ことを推奨する。高温側や低温側で相分離や、 思わぬところに化合物や液相が現れることもある。この場合にはパラメーターの誤記入の可能性を疑い、パラメーターの符号や小数点の位置を確認する。ただし超高温域での液相の相分離や凝固・規則化は、ガス相を考慮することで準安定となることが多い。
パラメータの丸め誤差¶
熱力学アセスメントを化合物 1 モルの定義で行ったものを、論文では原子1モルの定義に変換して記載していることがある。多くの場合問題はないが、ある狭い温度域でしか現れない化合物の場合や大きな整数比の化合物の場合には、パラメータの丸め誤差によって状態図にその相が現れなくなることがある。このような場合には、化合物 1 モル ⇔ 原子 1 モルの換算のそれぞれで状態図を書いてみるとよい。
熱力学量との比較¶
熱力学パラメーターの確認方法として、論文にエンタルピーや活量がある場合にはそれらの値と比較するとよい。
一致溶融 (congruent melting) 点(?)¶
準安定平衡として、化合物の一致溶融点の計算を行うとよい。液相のギブスエネルギーが正しいとすると、一致溶融点では、液相と化合物のギブスエネルギーは等しくなっているはずである。そこから、化合物の温度依存項はある程度推定できる。また液相のギブスエネルギーが疑わしい場合は、1:1化合物の一致溶融点を比較する。液相のR-K級数は、1:1組成でn=0項以外はゼロになるため、液相のR-K級数のn=1が怪しいときには参考になる。また、1:1組成を境に、実際の状態図と計算した状態図の不変反応の温度差が逆転する場合には、液相のR-K級数の奇数項(n=1,3,5,...)が疑わしい。
準安定状態図¶
状態図に複数の相境界が交錯してあらわれる場合、準安定相と安定相のギブスエネルギー(または相境界)が近いため、うまく相平衡を計算できていない場合がある。または部分的に本来準安定である相が安定化している可能性もある。たとえば副格子が多い化合物相などはその化合物相だけ、または純元素や液相を合わせて準安定状態図を計算すると良い。それによって隠れている溶解度ギャップが現れることがある。
他の熱力学解析結果との比較¶
主要な合金系であれば過去に熱力学解析が行われている場合が多い。別のグループの結果とパラメーターを比較することで、小数点の位置のズレや符号のミスなどを見つける手がかりになる。
侵入型副格子モデルの注意点¶
侵入型副格子の場合、プログラム(PANDAT 8.2よりも以前のバージョン)によって侵入型サイトと置換型サイトのモル比の上限がある(侵入型サイトのモル数を大きくすることができない)。この場合、計算は行われるが正しい結果ではない。また現在の市販パッケージでは、Split-CEFで侵入型副格子上での規則化は取り扱うことができない。
二副格子イオン溶体モデル¶
PANDAT 8.2 まではサポートしていたが、PANDAT 2012 以降では二副格子イオン溶体モデルを取り入れていない。これによりロードエラーが出る。
複数のソフトウェアによる確認¶
エラーの原因がソフトウェアに起因する場合がある。 このため、複数のソフトウェアでTDBファイルを実行してみるとよい。三元系までであればPANDATやCaTCalc のデモ版(無償ダウンロード)を用いることができる。Thermo-Calc で見つけられなかった相分離がほかのソフトウェアで見つかることもある。同じソフトウェアでもバーションが異なると異なる結果になることもある。ソフトウェアとバージョンによってエラーの出方が異なることがあり、TDB ファイルのエラーを見つけるのに役に立つ。また複数のソフトウェアで確認することで、より互換性が高い TDB ファイルを作成することができる。
単位の確認¶
計算を行う際の単位に注意をする。温度の単位 K と℃、組成のモルフラクションと重量フラクション、フラクションとパーセント、Pa とatmは間違いやすいため注意する。
対数の表記法¶
ギブスエネルギーなどの記述においては自然対数が用いられるが、Ln とLogがともに目然対数として計算される場合と、Logは常用対数として取り扱われる場合がある。 TDBファイル中にLOGが混在している 場合(COST データベース)には、LNに統一して書き換えておく。
スペース¶
TDBファイルの記述する際には、スペースを挿入すると見やすくなる。しかしソフトウェアによっては、そのスペースがエラーの原因となる場合があるため、特定できないエラーが生じた場合には不要なスペースを消去してみるとよい。たとえば元素名の前にスペースを入れると、Thermo-Calcではエラーとなる (たとえばG(COND, CO:ND:0)。
用いることができない文字¶
TDBファイルの記述には細かいルールがある。相や変数の名称には用いることができない文字もあるため、相が認識されない場合には相名、変数名を変えてみる。
ダブルチェック¶
TDBファイルを作成した本人では何度見直してもわからないことが、他の人に見てもらうと簡単に見つかることがある。
著者への問い合わせ¶
これらをすべて検討しても状態図が再現できない場合には、努力の跡が見えるTDBファイルを添付して、論文の著者に問い合わせる(最後の手段)。