1. Thermo-Calcとは・・・

 Thermo-Calc (以下 TC と略します) はスウェーデン王立工科大学 (KTH) 物理冶金学科の Hillert 教授のもとで,Dr.Jansson と Dr.Sundman を中心としたグループが開発したソフトウェアです。 合金状態図を始めとした多くの熱力学的計算が,このソフトウェアを用いることで行えます。

1.1. 本説明書の制作の歴史

 九州工業大学 工学部 物質工学科 材料工学教室 ( 現:マテリアル工学科 ) 組織制御学研究室 (旧 材料工学教室 金属材料研究室)

西田 武司 1991.2 初版 Ver.E に基づく。
鶴崎 洋士 1991.7  2  
  1991.11 3 Ver.G に基づく。
今田 文一 1995.3  4j  
  1995.12 5k Ver.J, Ver.K に基づいて大幅に改訂。
長谷部 光弘 1997.12 5k.1  
  2002.7 5N.0  
  2002.11 5N.1  
  2003.1 5N.2 Ver.N に基づいて改訂。

九州工業大学 名誉教授

長谷部 光弘 2010.6 7s.1版 Ver.S に基づいて改訂。
  2016.2 8.1版 Ver.2015a に基づいて改訂。

 日本には ver.E から上陸しました。 改訂は 1~2 年ごとに行われ,F,G,...,とアルファベットのバージョン名は S まで続きました ("O" は欠番)。 その後バージョン名は 3.0,3.1,4.0,4.1 と変わり,2015年からは年号を用いて "ver.2015a" となっています。

 TC にはターミナル・ウィンドウ (UNIX 系) やコマンド・プロンプト (MS-Windows) 上で稼働する TCC (Thermo-Calc Classic) と MS-Windows 下で稼働する TCW(Thermo-Calc for Windows) の二種類がありました。 ver.3.0 から両者は統合され,前者に相当する方をコンソール・モード,後者に相当する方をグラフィカル・モードと呼ぶようになりました。 また ver.3.1 からは関連する拡散型相変態シミュレーション DICTRA (Diffusin Control Transformation) も Thermo-Calc に統合されました (ただし,DICTRAは別途ライセンスが必要です)。 ver.4.0 まではターミナル・ウィンドウやコマンド・プロンプト上で TCC として利用することもできましたが,ver.4.1 からはこのような使い方はできなくなり,X-Window 環境が必須となっています。

 本説明書は TC のコンソール・モードについてのみ説明します。 2015年12月現在における 最新バージョン "TC2015a" に基づいていますが,できるだけ旧バージョンについても触れています。(グラフィカル・モードは扱っていません)。 なお,例示している出力はバージョンによって多少異なっていることがあります。

1.2. モジュール

 TC はいろいろなモジュールから成り立っており,各モジュールが役割を分担して計算や作図を行います。 各モジュールの働きを簡単に説明すると以下のようになります。

  • SYSTEM_UTILITIES MODULE

 TC を起動したときに最初に入いるモジュールです。 主に TC 全体にわたる設定を行います。

  • DATABASE_RETRIEVAL MODULE

 熱力学データベースを選択して,目的とする系を定義し,計算に必要な熱力学的パラメータを取り込むためのモジュールです。

  • GIBBS_ENERGY_SYSTEM MODULE

 DATABASE_RETRIEVAL モジュールで取り込んだ熱力学的パラメータの表示,追加および修正などを行うためのモジュールです。

  • POLY_3 MODULE

 DATABASE_RETRIEVAL モジュールで取り込んだ熱力学的パラメータを用いて,いろいろな熱力学的計算を行い,その結果を表示させるモジュールです。

  • POST sub-MODULE

 これは POLY_3 モジュールのサブモジュールで,計算結果をグラフとして画面に表示し,プリンタへ直接出力するほか,いろいろな形式のファイルに保存します。  合金状態図を計算するためのモジュールは以上ですが,Thermo-Calc には状態図だけでなく.いろいろな熱平衡計算を行う機能が備えられています。

 上記の外にも以下のようなモジュールがあります。

  • TABULATION_REACTION MODULE

 化学反応式の熱力学的数値を表として出力させるモジュールです。ほとんどすべての純物質間の反応の熱力学数値を計算作表できます。

  • BINARY_DIAGRAM_EASY MODULE

 本テキストで解説する手順以外に,簡単に二元系の状態図や G-c 曲線を計算します。 二つの元素を定義するという操作を行うだけで状態図や G-c 曲線が得られます。

  • TERNARY_DIAGRAM MODULE

 本テキストで解説する手順以外に,簡単に三元系の状態図について計算します。 三つの元素を定義するだけで状態図が得られます。 等温断面図の外,液相面図の計算もできます。

  • POTENTIAL_DIAGRAM MODULE

 本テキストで解説する手順以外に,簡単にポテンシャル図が計算できます。

  • POURBAIX_DIAGRAM MODULE

 本テキストで解説する手順以外に,簡単に電位-pH (プールベー)図が計算できます。

  • SCHEIL_SIMULATION MODULE

 本テキストで解説する手順以外に,簡単に Scheil モデルによる凝固シミュレーションを行います。

  • FUNC_OPT_PLOT MODULE

 汎用的な最小自乗法によるデータ解析および作図ができます。(ver.R まで。ver.S から削除)

  • PARROT(ASSESSMENT) MODULE

 いろいろな平衡実験データから,各種の熱力学的パラメータを評価・決定するためのモジュールです。 基本的には最小自乗法によるデータの解析を行います。

  • REACTOR_SIMULATOR_3 MODULE

 化学反応炉をシミュレーションするモジュールです。

  • DICTRA MODULE

 拡散型相変態シミュレーションモジュールです。別途ライセンスが必要です。

  • DIC_PARROT MODULE

 拡散型相変態シミュレーションモジュールで用いる原子の拡散係数(モビリティ)を評価・決定するためのモジュールです。 前出の PARROT モジュール同様に基本的には最小自乗法によるデータの解析を行います。

1.3. TC の起動と終了

 TC の起動はデスクトップ上に TC のアイコンがある場合は,そのアイコンから起動します。 TC のアイコンがない場合はターミナル・ウィンドウ (UNIX 系) やコマンド・プロンプト (MS-Windows) などのコマンド入力待ち状態で

%tc

と入力して起動します。 ここで "%" はコマンド入力待ちのプロンプトを示していますが、これは使用しているシステムによって異なります。 また 起動コマンド tc もシステムによってはバージョン記号を付けて,例えば ver.2015a の場合 tc2015a のように設定している場合もあります。 各使用システムでの起動方法は管理者に確認してください。

 初めて起動したときはグラフィカル・モードとなります。 ウィンドウの左上のツールバーにある "Switch to Console Mode" スイッチをクリックしてコンソール・モードに切り替えます。

 コンソール・モードでは "Console","Console Results","Event Log" の三種のウィンドウが配置されます。 また "Console" ウィンドウには "コンソール 1" タブ,"Console Results" ウィンドウには "Results コンソール 1" タブおよび "Plot 1" サブタブが表示されます。 コンソールタブおよび Plot サブタブは複数表示させることができます。 Results コンソールタブはコンソールタブと連動して自動的に表示されます。

 コンソール・モードではコンソールタブ上で TC のコマンドを用いて計算や作図を行います。

 ターミナル・ウィンドウ (UNIX 系) やコマンド・プロンプト (MS-Windows) 上で利用する TCC での操作も POST モジュールにおける一部操作を除いて,コンソールタブ上での操作と同じです。

 以下の説明では,"コンソール" タブ上で起動している TC と ターミナル・ウィンドウやコマンド・プロンプト上で起動している TCC を共に " TC セッション" と呼ぶことにします。

 TC を終了するには ウィンドウ左上の "File" メニューの "Exit" を選択します。  TCC を終了する場合には EXIT コマンドを用います。 コンソール・モードでの EXIT コマンドは 現在の "コンソール" タブを閉じます ("TC セッション" の終了であって,TC自体は終了しません)。

 "TC セッション" は SYSTEM_UTILITIES モジュールの状態から始まります。 なお TC では各モジュールに応じたプロンプトが表示され,現在どのモジュールにいるのかが分かるようになっています。

 例えば,SYSTEM_UTILITIES モジュールは "SYS:",GIBBS_ENERGY_SYSTEM モジュールは "GES:" などです。

1.4. TC のコマンド

 ここでは TC の各コマンドに共通している特徴などを説明します。

1.4.1. 大文字・小文字の区別

 TC 内では,ファイル名を除いて,大文字・小文字の区別はされません。 ただし,DATABASE_RETRIEVAL モジュールでは,コマンドに続いて入力された文字列をすべて大文字に変換してから処理されるので,UNIX (Linux) 系のように,ファイル名の大文字・小文字が区別されるシステムにおいてはファイル名を入力する位置には注意が必要です。

1.4.2. HELP コマンド および INFORMATION コマンド

 TC で使えるコマンドは非常に数が多いですが,よく使うコマンドは大体限られるので,必ずしもすべてを覚えようと努力するは必要ありません。

 各モジュールのプロンプトに対して "?" と入力すれば,そのモジュールで使えるコマンドのリストが表示されます。 これは現在のモジュールにどんなコマンドがあるのかを確認したり,次に行うべき操作の正しいコマンドのスペルを調べたりする場合に役立ちます。 また "?" は各モジュールのプロンプトに対してだけでなく,ほとんどのコマンドからの問いに対しても有効なので,質問事項に対して何を入力してよいのか分からない場合はとりあえず "?" を入力してみて下さい。 そうすれば,ほとんどの場合詳しい説明が表示されるので,入力すべき事柄が分かるでしょう。

 TC には "?" とは別に各モジュールごとに HELP コマンドが用意されています。 HELP はそれぞれのモジュールで使えるコマンドについての説明を得るためのものです。 使い方は各モジュールのプロンプトに対して:

SYS: HELP  コマンド名

と入力します。 "コマンド名" の部分に知りたいコマンド名を入力します。 するとそのコマンドについての説明が表示されます。  INFORMATION コマンドもほとんどのモジュールに用意されています。 これを用いると,いろいろな事柄について詳しい説明が得られます。 例えば POLY_3 モジュールでこのコマンドを使うと,次に示すような事柄についての説明が得られます。:

POLY_3: INFORMATION
WHICH SUBJECT  / PURPOSE /:  ? ← 意味が分からなかったらとりあえず "?" を入力

Specify a subject (or its abbreviation as long as it is unique, e.g.,
SIN, SIT, SOL, SPE, STATE, STEP, SYM, SYS, SUB, etc.) on which information
should be given, from the following subjects that are important to the use
of the POLY module:

PURPOSE                           GETTING STARTED          USER INTERFACE
HELP                              MACRO FACILITY           PRIVATE FILES

 :               **(中 略)**          :                        :

ORDER DISORDER           TROUBLE SHOOTING       FAQ

     **上記の事柄についての詳しい説明が得られる**

WHICH SUBJECT  / PURPOSE /:   ← 何も入力せずに [RETURN] をすると
PURPOSE                         / / で囲まれたデフォルトの "PURPOSE"を
                                入力したことになる

             INTRODUCTION to the Equilibrium Calculation Module (POLY)
            **************************************************************
Knowledge of the thermodynamic equilibrium is an important factor for
understanding properties of materials and processes. With a database of
thermodynamic model parameters, it is possible to predict such properties
and also to obtain driving forces for diffusion-controlled phase
transformations and other dynamic processes.

    :    **(中 略) **

WHICH SUBJECT: ← 何も入力せずに [RETURN] を押すとコマンドが終了する
POLY-3:

1.4.3. コマンドの省略形

 TC のコマンド名は意味が分かりやすいように命令文がそのままに近い形で使われています。 その結果,各コマンドが長く入力が非常にわずらわしく思えます。 このため TC はコマンドの省略形も受け付けるようになっています。 例えば GOTO_MODULE というコマンドの場合は,他に G からはじまるものが現在のモジュール内になければ,G だけの入力でそのコマンドが実行されます。 また G_M のように単語単位でも省略することができます。 なお,各単語間の区切りは _ (アンダースコア) の代わりに (ハイフン/マイナス) を用いてもよいことになっています。 このような省略形は,サブコマンドや質問へ応答するパラメータなどにも用いることができます。

ただし,ver.3.0 以降では例外として終了コマンド EXIT は短縮できません。 なお,EXIT コマンドは "TC セッション" の終了を意味します。 つまり現在のコンソールタブを閉じます ( TCC では TC を終了します)。

 コマンドの中にはオプションを対話式に質問してくるものがあります。 なお,質問文の表現は TC のバージョンによって多少異なる場合があります。

 質問行の後に "/" (スラッシュ) で囲まれた文字列や数値が表示されることがあります。 これはその質問への応答のデフォルト (既定値や推奨値) を示しており,デフォルトのままでよいときには単に [RETURN] (あるいは [ENTER]) を入力します。 また質問をしてくるコマンドでは,質問への応答をコマンドと同じ行に空白か "," (カンマ) で区切って続けて入力することもできます。:

POLY_3:  L-E  SCREEN  VWCS
POLY_3:  L-E , , XN      ← 最初の応答がデフォルトのとき
POLY_3:  L-E , , ,       ← 応答が二つともデフォルトのとき

 なお、以後の実行例では省略形を用いている場合、後に非省略形を [ ] 内に示します。

1.4.4. 先行入力

 TC は,あるコマンドの実行中その終了を待たずに,次のコマンドやサブコマンドを入力しておくことができます。 このとき実行中のコマンドによるメッセージの中に先行入力したコマンドが混在した形で表示されることがありますが,実行中のコマンドには影響しません。

1.4.5. その他の共通機能

 すべてのモジュールには,現在いるモジュールの直前に作業していたモジュールへ戻るための BACK コマンドがあります。  また以前に入力したコマンド行を再入力するのに便利なヒストリー機能もあります。

!?:ヒストリー機能の説明表示。
!!:ヒストリー表示。
!:直前に入力した文字列の再入力。
!n:n番目に入力した文字列の再入力。 n には負数も使えます。
!*n:n番目に入力した文字列の編集再入力。 n には負数も使えます。
!xx:xx ではじまる入力した文字列の内,最も新しいものを再入力。
!*xx:xxではじまる入力した文字列の内,最も新しいものを編集再入力。 xx は必ず 2 文字以上で指定する。

注釈

"!!" と "!" は,UNIX (Linux) 系のシステムコマンドの働きとは違うので,混同しないように注意して下さい。

 次に TC 内から (TC セッションを終了させることなく) TC を実行しているシステム (UNIX 系や MS-Windows) のコマンドを実行させる方法があります。 これは実行させたいコマンド行の頭に "@" (アットマーク) を付けるだけでできます。

例) ls → @ls